
一流ホテルが教えてくれない、本物の贅沢とは
一流ホテルが教えてくれない、本物の贅沢とは
六本木ヒルズで気づいた違和感
2019年の秋、私は六本木ヒルズの最上階にあるメンバーズクラブに招待された。
IT企業を売却したばかりの友人が、「お祝いに」と誘ってくれたのだ。エレベーターが最上階に着き、扉が開いた瞬間、息を呑んだ。フロア全体を包む静寂、磨き上げられた大理石、そして東京の夜景。まさに「成功者の景色」がそこにあった。
しかし、違和感を覚えたのは、テラスに出た瞬間だった。
室内の豪華さとは裏腹に、テラスの家具は明らかに「とりあえず置いた」レベル。プラスチック製のチェアに、申し訳程度のクッション。友人も苦笑いを浮かべた。
「年会費300万円なのに、外の家具はこれかよ」
その時は笑い話で済ませた。しかし、この体験が、私の人生を大きく変えることになる。
グランドハイアット東京での衝撃
翌月、仕事でグランドハイアット東京に滞在した。
朝食をプールサイドのテラスで取ることにした。11月の澄んだ空気の中、ウェイターが案内してくれた席に座った瞬間、全身に衝撃が走った。
座り心地が、違う。
いや、「座り心地」という言葉では表現できない何かがそこにあった。体重を預けた瞬間の安定感、背中を包み込む絶妙な角度、肘を置いた時の木の温もり。そして何より、朝日を浴びながら飲むコーヒーが、今まで飲んだどのコーヒーよりも美味しく感じられた。
気がつけば、2時間もそこに座っていた。
仕事の打ち合わせをキャンセルしてまで。
帰り際、思い切ってマネージャーに聞いてみた。「このガーデン家具、いくらするんですか?」
彼は微笑みながら答えた。
「お客様、これは値段の問題ではないんです。10年前に導入した時は1脚80万円でしたが、今ではもっと価値が上がっています。なぜなら、これは『時間』を買う家具だからです」
軽井沢の別荘で知った真実
その言葉の意味を理解したのは、さらに3ヶ月後だった。
取引先の会長が、軽井沢の別荘に招待してくれた。資産数百億と言われる彼の別荘は、予想に反して質素だった。建物自体は築30年の木造。しかし、庭に案内された瞬間、すべてを理解した。
チーク材のダイニングセット、イタリア製の人工ラタンのソファ、そして暖炉を囲むようにレイアウトされたラウンジチェア。
「建物に3,000万円、庭の家具に2,000万円かけた」
会長は静かに語った。
「君、知ってるか?人生で本当に贅沢な時間は、屋外で過ごす時間なんだ。室内なら、エアコンで快適にできる。照明で明るくできる。でも、屋外は違う。天気、気温、風、すべてが揃った時にしか、本当の贅沢は味わえない」
実際、その日の体験は忘れられない。
標高1,000メートルの澄んだ空気。遠くで鳴く野鳥の声。風に揺れる白樺の葉。そして、何より印象的だったのは、会長の奥様が言った一言だった。
「この椅子に座って朝食を取るようになってから、主人が東京に行く回数が半分になったの。『ここより心地いい場所なんてない』って」
私が300万円を庭に投資した理由
軽井沢から帰って、私は決断した。
都内の自宅の庭に、本物のガーデン家具を導入することを。
妻は最初、猛反対した。「300万円?庭の椅子に?車が買えるじゃない!」
確かにその通りだ。しかし、私には確信があった。グランドハイアットで感じた、あの2時間の価値。軽井沢で見た、会長夫妻の穏やかな表情。それらは、300万円では買えない何かを示していた。
導入を決めたのは、ミャンマー産のA級チーク材のダイニングセットと、ベルギー製の全天候型ソファだった。
納品日、職人が6時間かけて組み立てていく様子を、家族全員で見守った。
「一生モノですから、大切に使ってください」
職人の言葉が、今でも耳に残っている。
変わり始めた日常
ガーデン家具を導入して1週間後、小さな変化が起き始めた。
まず、朝食の場所が変わった。今まではキッチンカウンターで済ませていた朝食を、家族全員で庭で取るようになった。中学生の娘が「インスタ映えする」と言って、毎朝写真を撮るのが日課になった。
1ヶ月後、さらに大きな変化があった。
週末の過ごし方が変わったのだ。今までは「どこか出かけよう」が合言葉だった我が家が、「庭でゆっくりしよう」に変わった。妻はガーデニングに目覚め、息子は庭で宿題をするようになった。
3ヶ月後、予想外のことが起きた。
友人たちが、頻繁に我が家に集まるようになったのだ。「お前んちの庭、落ち着くんだよな」と言って、月に2〜3回はBBQパーティーが開かれるようになった。
そして半年後、最も驚いたのは、自分自身の変化だった。
仕事のストレスを、庭で解消できるようになった。深夜に帰宅しても、10分だけ庭のソファに座る。星を眺め、風を感じ、静寂に身を委ねる。たったそれだけで、一日の疲れがリセットされる感覚。
ある夜、ウイスキーを片手に庭のソファに座っていると、妻がコーヒーを持って隣に座った。
「300万円、最初は高いと思ったけど、今なら分かる。これ、300万円じゃ安いくらいね」
本物の贅沢とは何か
あれから2年が経った。
チーク材のテーブルは、少しずつ色が深くなり、味わいを増している。ソファのクッションは、家族の形に馴染んできた。そして何より、このガーデン家具を中心に、数え切れないほどの思い出が生まれた。
娘の誕生日パーティー。 息子の受験合格祝い。 両親の金婚式。 友人たちとの深夜の語らい。
今思えば、グランドハイアットのマネージャーが言った「時間を買う家具」の意味がよく分かる。
本物の贅沢とは、高額なモノを所有することではない。
質の高い時間を、大切な人と共有できる「場」を持つこと。その場が、10年後も20年後も変わらずにそこにあり、家族の歴史を静かに見守ってくれること。
それこそが、一流ホテルが巨額を投じてガーデン家具を選ぶ理由であり、彼らが決して口にしない「本当の価値」なのだ。
エピローグ:今朝の出来事
今朝も、いつものように庭で朝食を取った。
11月の少し冷たい空気の中、チーク材のテーブルに手を置くと、不思議と温もりを感じる。2年前には気づかなかったが、このテーブルは朝日を浴びて、ほんのりと温かくなるのだ。
隣では、妻が育てたハーブでお茶を入れている。向かいでは、息子が期末テストの勉強をしている。そして、娘は相変わらず朝食の写真を撮っている。
「お父さん、この椅子、あと何年使えるの?」
娘の質問に、私は微笑みながら答えた。
「お前が結婚して、子供ができて、その子供がまた結婚するまで使えるよ」
「えー、そんなに?」
「そう、だから大切に使おうな」
ふと、軽井沢の会長の言葉を思い出した。
『本当の贅沢な時間は、屋外で過ごす時間』
今なら、その言葉に一つ付け加えたい。
本当の贅沢な時間とは、大切な人と過ごす、何気ない日常の一瞬一瞬なのだと。
300万円で買ったのは、家具ではなかった。
家族の時間、そのものだった。
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